PAC-MAN

2015.11.22 | アーケード

※この記事は、2007.9.13 に別のサイトに掲載していたものを再掲したものです。

いまさらこの世界的ビッグゲームについて話すことすらないと思うが、「パックマン」である。
最近、ヤンキースの松井選手のニックネームにもなっているというから、その知名度・息の長さには驚かされる。

パックマン © namco 1980

───話は、私が小学生の頃にさかのぼる。この頃は、もっぱらプレイするより「見る」ことの方が多かった。
近所のプラモ屋に1台ゲーム機が置いてあって、まだその頃はテレビゲーム自体が物珍しい時代。誰かがコインを入れようものならすぐにギャラリーがとりまく。そんな環境だった。
だからそんな中でプレイするのは、だいたい常連さんで、私はプレイすることはなかったが、画面を見ること自体が好きでしょっちゅうそのプラモ屋に通っていた。だれもゲームをやっていなければ、買う気もないプラモの箱を開けて見たりして時間を潰した記憶がある。店からするとまったく収入源にならない子供であったに違いない。

パックマン人気と共に、家庭用ゲームが出始めたのが確かこの頃だったと思う。
そう、「電子ゲーム」である。この単語、自分でもなかなか出てこなかった。もはや、死語も死語。絶滅語に近い。
このパックマンを模倣した電子ゲームはけっこういろいろあって、当時家でゲームができるというのは夢のような話であり、正直これは相当欲しかった。が、私は遠慮がちな子供だったので(ホントです)、親に「欲しい」などとはとても言えなかったのである。

───「ゲームウォッチ」

そんな電子ゲームの中でもひときわヒットしたのが、任天堂のゲームウォッチである。今で言う任天堂DSみたいなものか。
友達の中にも徐々に持つ人が増え始め、そうなると貸し借りが始まる。他人と同じものを買っても交換できないから、みんな他人が持ってないものを買うようになるのは自然な流れだった。
そしてとうとう私もお年玉でゲームウォッチを購入することを決意。自分の金で買うといっても高額な買い物だ。6,000~7,000円はしたと思う。親に「買ってもいい?」と許可を取るのは相当勇気が要った。
何を買うかかなり迷ったが、結局「マンホール」にした。本当は、「ヘルメット」あたりが面白そうだったのだが、既に持っている人がいたので、やめた。まあ、今考えると「ライオン」にはしなくてよかったかな。
モードAとモードB(難易度が高くなる)共に、最高得点の999点を刻み込んだことで、マンホール熱も冷めたように思う。

で、業務用のパックマンもこのくらい小さくてカラーになって家でできればどんなに素晴らしいことだろう、とよく妄想にふけっていたものである。それが実際できるようになったのだから、技術の進歩は著しい。
だが、あの当時の興奮が蘇ることはもうない。何かを得るということは、同時に何かを失うことになるのかもしれない。

なんか、パックマンとは全然関係ない話になってしまった。まあ、そういう思い出のゲームである。

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